2025.08.29
令和7年度 2学期 始業式 校長あいさつ
過去に経験したことのない暑い夏休みでした。そんな暑さにもかかわらず、補習や部活はもちろん図書館で自習したり、職員室で質問したりしているみなさんや、帰省したタイミングで母校を訪ねてくれる多くの卒業生たちを見て、学校の役割とか責任について考えていました。
私たちは生まれて来ると、まず家族の中での生活をスタートさせます。その後、小学校、中学校、高校を経て、大学に進み、社会に出ていきます。
家族という小さな単位での生活から社会というとてつもなく大きな世界に到達するまでの途中で、対人関係のトレーニングをするところが学校です。
学年を重ねて、より多くの人と接していく中で、行動範囲が広がり、自分の世界が少しずつ大きくなっていきます。まさにみなさんはその真っただ中にいます。
近い将来みなさんが旅立っていく社会は様々な背景・考え方・価値観を持つ人々との関係で成り立っています。
みなさんが社会に出ていくまでの間に、近い年代の人間関係の中で協力したり競ったりして人間性を高めていくことができる場としての大切な役割を学校は担っています。
普段はあまり言語化していないかもしれませんが、私たちは「自分はこうありたい」という目標・理想を、心の奥深くに持っているはずです。「テストの成績を上げたい」とか「部活でレギュラーになりたい」とか「〇〇大学に入りたい」といった、自分の身近に置いておくような目標ではなく、もっとその先にある「自分の人生をどう生きたいのか」という究極の目標のことです。
「自分の人生をどう生きるのか」ということは、わたしも考え続けてきたことです。城北で仕事をするようになって40年、究極の目標への思いは次第に強くなってきています。
『自分を信じる勇気』の著者、岩井俊憲さんは「自分の人生の本当の目標は、誰かに教えてもらうものではなく、自分の心の中にある」と言います。
勉強や部活でうまくいかない時、進路に迷う時、自分には無理だとあきらめてしまいそうになることもあるかもしれません。
でもそんな時こそ、目の前にある目標でなく、その向こう側にある「自分はどんな生き方をしたいのか」「どんな人生を歩んで行こうとしているのか」という究極の目標を探してみませんか。
「テストでいい点を取りたい」というのは短期目標です。いい点を取ってどうしたいのか、その先はどうなりたいのかを突き詰めていくと見えてくるのが究極の目標です。目の前の結果、すぐに手に入れることができそうな結果ではなく、ずっと先にあるはずの究極の目標を探しに行きましょう。
「勉強するのは何のため?」という質問に対して出てきた答えに「それは何のため?」「で、自分はどうしたいのか?」を問い続けることで究極の目標に迫っていくことができます。
先生たちがみなさんにできることは、みなさんの中にある究極の目標を探すための手助けです。困っていることがあれば一人で悩まず相談してください。究極の目標に近づくために、いま何をしたらいいのかを一緒に考えたいと思います。